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〜おさむクリニック新聞から〜
  
6.2人のおばあちゃん
(おさむクリニック新聞2002年5月号より)

------結局おばあちゃんに桜の花を見てもらうことはできなかった。------
その93歳のおばあちゃんの、脳の中には大きなできものが、あった。半身は動か ず、食事もほとんど喉を通らず、しゃべることも出来ず、手術も無理で、病院で点滴 治療を受けていた。手足はむくみ、完治することが困難であることは誰の目にも明ら かであり、家族は自宅での療養を希望した。ヘルパーが連日2回訪問して着がえとオ ムツ交換をし、当クリニックからも訪問看護で週1回清拭・洗髪をし、月に1回訪問入 浴サービスをお願いし、私も、結局医療用栄養ジュースを配達しただけに過ぎなかっ たが、週1回訪問診療に伺った。正直なところ、うまくいっても2〜3ヶ月だろうと考 えていた。おばあちゃんは痛い事が大嫌いだったので、点滴はしない方針で療養する こととなった。退院後暫らくは肺炎で高熱が続いたため、抗生剤の筋肉注射だけは何 度か我慢してもらった。1日にほんの少しだけだったがヨーグルトや栄養のジュース を口にすることができるようになり、高熱も徐々におさまり、最初は必要だった酸素 吸入も不要となった。私が伺うとくしゃくしゃの笑顔で迎えてくれた。いつのまにか 手足のむくみもなくなり、麻痺していた手を動かすようになり、脳のできものは、ほ んとにあったのだろうかと疑いさえした。2〜3ヶ月の予測は大きく外れ、10ヵ月も経 過した2月下旬のある日、おばあちゃんに「梅の花は好き?」と聞いたところ、「梅の花 も梅干しも大好き」(笑い)の返事。さっそく、今年は早く咲きすぎたため、すでに 散りかけていた我が家の梅を一枝届けたところ、「梅の花はきれい」と喜んでくれ、花 が落ちて、ただの棒切れになるまで花瓶に飾ってくれていた。今度は桜の花見に行け たら良いな、少なくともどこかの桜の枝をこっそり届けようと考えていた。確かに今 年の桜は驚くほど早く咲いたが、おばあちゃんはそれを待たずに亡くなってしまっ た。亡くなった日にも訪問入浴を受け、集まった娘3人に、にこっと、笑顔を見せて いたという。

 ----二人目のおばあちゃんは、県北におじいさんと夫婦ふたりで暮していた。----
 おじいちゃんが亡くなり、90歳近くになって痴呆の症状も出てきていたおばあちゃ んは、息子さん一家の住む玉島に引き取られてきた。大変穏やかな性格で我慢強いお ばあちゃんだったが、心臓に大きな病気を持っていた。通所リハビリやショートステ イを利用しながら毎日を過ごしていたが、ある朝、心臓の発作で突然入院することに なった。いつもとは様子の違う病室で、不安におそわれたおばあちゃんは、点滴の管 を抜いて大出血したりもしたが、私が伺うと「見たことある顔じゃねえ」とニコニコ顔 で迎えてくれた。すぐに状態は落ち着き、また元の生活に戻れたものの、その後も時 に発作があり、何度か入院を必要とした。ある晩、また発作があって往診に伺った。 おばあちゃんの顔は苦痛でゆがんでいたが、夜も遅く、病院に行っても、担当の先生 もおられないので、ご家族とも相談して、ご自宅で酸素を吸ってもらったりしている うちに何とか落ち着かれた。翌日にはいつものニコニコ顔のおばあちゃんに戻ってい たので安心していたのだが、その数日後に突然亡くなられてしまった。前の日には元 気でおはぎを食べていたとのことだった。92歳だった。 お二人とも突然お亡くなりになったため、私は最期の場面に立ち会うことができな かったのが少し心残りだったが、優しく穏やかな顔をしておられたので安心した。

 現在の日本では、人生の最期を迎える場所のほとんどが病院であり、ご自宅で亡く なられる方はほんの十数%に過ぎない。しかし、どこで最期を迎えたいかの質問に は、多くの方が、自宅で最期を迎えたいと答える。この希望と現実との差はいったい どこにあるのだろうか。これはまったく私見だが、@悪性の疾患(または高齢)で残 された寿命が限られていること、A本人が自宅での最期を望んでいること、B本人に 愛情のある、24時間介護可能な家族が(できれば2名以上)いること。これが、現時 点での自宅での最期を可能にする最低条件だと思っている。本来はBが無くともAが 優先されなくてはならないし、そのために医療や看護や介護があるはずなのだが、と てもまだ充分といえるような状況にはない。それどころか施設介護のほうが、結局、 いやな言葉だが効率的だということであろう、世の中の流れはますます在宅から離れ てゆくように見える。在宅では、家族の献身的な介護に頼らざるを得ないのが現実で ある。このお二人のおばあちゃんには、それぞれに24時間介護可能な同居のご家族が あり、そのご家族からは、おばあさんに対する深い愛情が感じられた。極めて恵まれ た状況にあった幸せな二人といえるが、それにしてもご家族の苦労は並大抵のもので はなかったはずであり、頭の下がる思いである。  もし、あなたが自宅で最期を迎えたいと思ったら…。少々皮肉っぽく言わせてもら えば、夫婦であれば先に逝ったもの勝ち。もし後に残されたら、がんばって子供たち が退職するまで元気で長生きをすれば望みがかなう可能性あり。でも、我が家のよう に子供がいない場合もあるし、結婚せず、ずっとひとり身なんてこともあるわけだか ら、結局自分の望みをどこまで強く押し通せるかが勝負の分かれ目、頑固でわがまま が一番の秘訣かもしれない。誰でも、どんな条件下でも、望めば自宅で療養ができる ように、望めば自宅で最期を迎えることができるように、少しでもお役にたてればと 考えている。


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