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〜おさむクリニック新聞から〜
  
9.在宅医療での色々なシーン
(おさむクリニック新聞2004年 6月号より)

1.ビールと笑顔
Tさんは几帳面でお酒好きの方でした。残念ながら胃の病気のため、ご自宅で療養されることになり、私どもが、ほとんど毎日伺っておりました。Tさんは点滴が嫌いで、最後までほとんど点滴はしませんでした。口から充分に栄養が摂れなくなったとき、点滴は黄門様の印籠のごとく、絶対的なもののような気がしてしまいます。しかし、死を目前にした体には、点滴はむしろ悪い面が多いことが最近指摘されてきているのです。点滴をしないTさんの体には不思議な変化が現れました。まず、パンパンに溜まっていた腹水が自然に引いてゆき、足のむくみも取れてしまったのです。今では、Tさんのこの教えを生かして、むやみに点滴に頼らない終末期ケアを心がけるようにしています。さて、お亡くなりになる2週間と少し前の土曜日の昼下がり、Tさんの飲み友達が見舞いに見えておられました。彼は、いかにも飲み友達らしく、Tさんの横でおいしそうにビールを飲んでいました。奥様が笑顔でビールを注ぎ、友人も笑顔でそれを飲み、Tさんはおだやかな顔でその光景を眺め、そして話に花が咲いていました。これは絶対病院では不可能なことだ、この一瞬のためだけにでもTさんは家で療養した意味があったのではないかと感じました。何でもないような当たり前の生活が自宅で送れること。このことこそが、残された時間をともに戦う患者様とご家族にとってもっとも大切なことだと思います。

2.我が家の名犬
Nさんは大変な犬好きの女性で、犬の話をする時には目じりが下がりっぱなしでした。食道の手術を受けられましたが、数年後、肺に病気が及び、痛みを止めるための持続皮下注射も必要となっていました。この頃犬を飼っていなかったNさんに、「犬を飼ったらいいのに」とお勧めしたのですが、「私のほうが先に死んでしまうから飼わない」とおっしゃられるので、我が家のジョンを連れて遊びに行きました。この頃ジョンは生後7ヶ月で、立派な血統書にもかかわらず、しつけの失敗で、ただのやんちゃな駄犬となっていました。しかし、Nさんが犬好きのことは良くわかるのか、大変喜んでじゃれつき、Nさんも抱いたりキスしたりととても喜んでくださいました。Nさんが、少しでも癒されたとすれば、これは我が家の駄犬が名犬になった一瞬でした。Nさんは、ご主人の献身的な看病に支えられ、この2ヵ月後に亡くなられました。痛みを忘れて、子供のように犬と戯れるNさんの楽しそうな笑顔が今でも忘れられません。

3.蛸つり
Mさんは肺の病気のため、数メートル歩いても息が切れて動けなくなってしまうほどの、重症の呼吸不全の状態でした。このため出不精となり、いつも締め切った部屋の中で、奥様に支えられて生活されていました。Mさんは海が好きで、釣りの話にはいつも熱が入りました。自分の船も持っておいででしたので、いつか釣りに行こうと話は盛り上がり、ついに決行の日がやってきました。緊急時に備え、予備の酸素ボンベや救急セットも積み込み、奥様と知り合いの船頭さんと当院看護師2人と私の計6名で蛸釣りに出かけたのです。Mさんは桟橋でしんどくなり、船に乗り込むことさえ怪しい状況でしたが、何とか無事に出発できました。
船に乗った後、蛸釣りが初めての我々3人は舞い上がってしまい、Mさんそっちのけで、たこに墨をかけられながら思いっきり蛸釣りを楽しみました。Mさんは、おだやかな表情で我々がきゃきゃと楽しんでいるのを眺めておいででした。
結局我々がMさんに連れて行っていただき、蛸釣りを楽しませていただくという本末転倒の結果となってしまいましたが、思い出深い一日となりました。この1年半後、病状の悪化によりMさんは病院で亡くなられました。残念ながら、自宅で最期を迎えたいというMさんの願いは叶えられませんでした。あの時、蛸釣りに行ったことが、ほんとによかったかどうかは、Mさんに聞いてみなければわかりませんが、少なくとも私たちには、忘れられない貴重な体験として、深く心に刻まれています。特に、終末期医療では、やりたいことは先延ばしにせず、一刻でも早く実行に移すことが大切だと思います。

4.奇跡は起こる!
ほとんど時を同じくして、二人の女性から「奇跡は起こりますよね」と訴えるような潤んだ目で問いかけられました。二人ともご主人が重病で、余命が限られた状況でした。二人のご主人は、それぞれ大変に仕事熱心な方々で、それを奥様が支えてきておられました。そして、この問いかけを受けた時は、自宅で病気と戦うご主人を、奥様がやはりしっかりと支えておいでの状況でした。最初は、「えっ!これほど悪い状態なのに、ひょっとして病状が良く理解できていないのかしら」と思いました。でもそれは違っていました。もう、残された時間がほとんどないことを重々承知の上で、それでも奇跡を願っての発言だったのです。それが分かった時、私も涙があふれそうになりました。残念ながら、お二人ともその数週間後に亡くなられました。二人の女性の深い愛情も残念ながら奇跡を起こすことは出来ませんでした。しかし、病気と闘う患者様にとって、家族が奇跡を願う気持ちを最後まで持ち続けてくれることで、どんなに勇気づけられたことでしょう。この後、私は、この二人のすばらしい女性から学んだことを、自宅で不治の病と闘う患者様のご家族にこう伝えることにしています。「もう病気が治らないことは、現実として理解してください。でも、最後まで絶対に希望は捨てないようにしましょう。病気と戦っている患者様にとって、ご家族が希望を持っているということは、きっと大きな心の支えになるはずですから。」


 ご自宅で最期を迎えることが出来るのは、ほんの一部の恵まれた方々にすぎません。そしてその成功の陰には必ず家族の協力があります。その力はほんとうに大切で、こうして患者様を想い出す時も、むしろそれを支えたご家族の印象のほうが強いくらいです。ご家族の皆様、本当にお疲れ様でした。



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